女性の社会参画 第10回 人類は最初から男社会だったのか。狩猟採集から農耕、古代日本、現代へ続く男女の歴史

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〖女性の社会参画〗第10回 人類は最初から男社会だったのか

「男が外で働き、女が家を守る」。これは人類が誕生したときからの“自然の掟”なのか。もしそうなら、変えるのは難しい。だが、もし後から人間が作ったものなら、人間の手で作り変えられる。この問いに答えるため、今日は一気に時間を旅する。

結論から言う。今の男女の上下関係を、人類が始まったときから変わらない“自然の掟”だと考える根拠はない。男女の役割や権力の関係は社会によって異なり、歴史の中で形を変えてきた。これが分かることが、ラスボス攻略の第一歩になる。

狩猟採集の時代:役割の違いはあった、しかし

狩猟採集の暮らしで男女が食料を持ち寄り分け合うイラスト

大昔、人類が狩りや採集で暮らしていたころ。男女で担う仕事に違いはあったとされる。だが、「違い」と「上下」は別物だ。みんなで食料を分け合う暮らしでは、明確な身分の上下は生まれにくい。女性の採集が集団の食料の多くを支えていたという見方もある。つまり、役割分担はあっても、今のような強い支配・従属の関係だったとは限らない。ただし、現代の狩猟採集社会の研究から、先史時代のすべての社会が平等だったと断定することもできない。

農耕と「財産」が、流れを変えた

農耕の収穫と土地・家・財産の相続を表すイラスト

大きな転機は、農耕が始まり、人が定住して“財産”を持つようになったことだ。土地や蓄えた富を「誰が受け継ぐか」が問題になる。すると「自分の子に確実に継がせたい」という欲が生まれ、女性の性や行動を管理しようとする圧力が強まった、という説明がある。ただし、これだけであらゆる社会の男女関係を説明できるわけではない。富の蓄積と相続。これが、男性中心の家族の仕組みを後押しした。さらに国家や軍隊ができると、力や戦いと結びつけられた男性の優位が制度として固められた社会もあった。農耕の方法や使う道具によっても役割分担は異なる。農耕が始まれば、どこでも同じ男社会になったわけではない。

日本も、最初から今の形ではなかった

古代の女性統治者から近代の法律、現代へ続く日本の歴史のイラスト

日本に目を向けよう。古代の日本には女性の天皇が何人もいた。家や財産を女性が継ぐ慣習が見られた時代もある。今の「男が家を継ぐ」という形が当たり前になったのは、武士の世が進み、近世から近代にかけて「家」の制度が強く整えられてからだ。近代の明治民法では、戸主の権限と家督相続を柱にした「家」制度が法律で整えられ、男性を優先する仕組みが強化された。ただし、女性が戸主になる場合もあり、「家の長は必ず男」と法律で一律に決められていたわけではない。1947年の民法改正で、家・戸主・家督相続の制度は廃止された。日本の“伝統”とされる家族の形も、時代を通じて同じだったわけではない。

世界を見渡せば、形はもっと多様だった

母系の家族と女性による財産管理、共同の家計運営を表すイラスト

世界に目を広げれば、母方の血筋を軸に家族をたどる社会や、女性が財産や家を管理する地域も存在した。例えばインドネシアのミナンカバウには、母方の系統で受け継ぐ祖先伝来の財産がある。ただし、「母系」は「女性が男性を支配する」という意味ではなく、政治や宗教の権限まで女性に集中しているとは限らない。「男が上、女が下」という一つの形だけで、人類の家族を説明することはできないのだ。人類は、土地・気候・暮らし方に応じて、実にさまざまな男女の形を試してきた。

だから、ラスボスは倒せる

男女が協力して社会規範を象徴する壁を開き、明るい町への道を作るイラスト

“伝統”という言葉に、だまされるな

男女が歴史資料と巻物を調べ、伝統の成り立ちを検証するイラスト

ここで強く言いたいことがある。「男が家を継ぎ、女が家を守るのが日本の伝統だ」という主張に、安易にうなずいてはいけない。前述の通り、その形が固まったのは近世から近代にかけてで、人類の歴史から見ればごく最近のことだ。さらに言えば、それを「伝統」として強調したのは、当時の国づくりの都合でもあった。近代に法律で整えられた形まで、人類普遍の“昔から続く自然な形”と受け止める必要はない。伝統という言葉は、しばしば「変えたくない人」の盾として使われる。その盾の出どころを、まず疑う癖をつけたい。

変えられると分かれば、見え方が変わる

男女が家・職場・保育施設の模型を組み替え、社会の仕組みを作り直すイラスト

今の当たり前が「作られたもの」だと知ると、世界の見え方が一変する。目の前の不平等は、宇宙の法則でも神の意志でもなく、人間が特定の事情で組み上げた“制度”にすぎない。制度なら、作り直せる。実際、多くの社会で、奴隷制や身分による特権は廃止され、女性に選挙権が認められてきた。もちろん、差別や搾取がすべて消えたわけではない。それでも、かつての「当たり前」を制度として変えてきたことは確かだ。男女の役割も、その列に並ぶ一つだ。歴史は、変えられることの証拠の山なのである。

ここまでで一番大事な結論はこれだ。今の「当たり前」は、人類普遍の掟ではない。歴史のある時期に、特定の事情から作られたものだ。作られたものなら、作り変えられる。では、その「特定の事情」とは具体的に何か。次回は、男女差を生み出す“仕組み”そのものを、部品に分解していく。

参考資料

歴史や人類学には複数の説明があり、地域や時代によって事情は異なる。本記事は、その多様性を踏まえて「今の形は変えられる」という点に焦点を当てた。

前回の記事

第9回 中間まとめ──ラスボスは「社会規範」だ

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